「こーゆー見るからに怪しい所って何か行ってみたくなるんだよねぇ〜♪」
もはやかくれんぼのオニの自覚は何処へやら・・・あたしはまるで迷路を歩いて宝物を見つけるような気分で、薄暗い廊下をまっすぐ歩いて行った。
突き当たりにある扉は、物置部屋とは全然違うもの。
「んー取りあえずノックでも・・・」
そんな事したらまずいだろう。
忘れていたけどここは仮にも吠登城。
何処に何があるかの前に、何処に誰がいるかも分からない。
「やっぱ無闇に扉を開けちゃいけないよねぇ・・・」
そう思って扉にかけた手をそっと引っ込めようとした時、勢いよく扉が開いた。
「アラ・・・ちょうどいい所に・・・」
そこに立っていたのはお風呂あがりなのか、髪から水を滴らせバスローブのようなものを身にまとった・・・
「玉面公主・・・様。」
「見ない顔ね。まぁいいわ、お入りなさい。」
そう言うと玉面公主は踵を返して部屋の中に入って行った。
ここはまさかっ!!玉面公主の部屋ぁ!?
「早くしなさい!」
「は、はい!!」
返事をする前に逃げればよかったのに、つい条件反射で返事をしてしまった。
ここまで来たら逃げる事は不可能。
あたしは諦めて一歩、また一歩と玉面公主の元へと進んで行った。
「遅いわね、そこの櫛であたしの髪を梳かしなさい。」
ソファーに座って踏ん反り返る姿は、見紛う事無き女帝の態度。
あたしは震える手で、机の上に置かれていた半月形の櫛を手に取ると玉面公主の背後に回り、その長い髪をそっと手に持った。
(梳かすのヘタだと・・・殺されたり・・・して・・・)
こんな時に限って嫌な事ばかり思い出してしまう。
髪を梳かすのがヘタだったばっかりに紅孩児に殺されてしまった妖怪の事を・・・。
嫌な考えを振り払う様に首を振ると、あたしは暫く無言で玉面公主の髪を梳いていた。
やがてその沈黙を破ったのは意外にも玉面公主だった。
「アナタ・・・名前は?」
「な、名前ですか!?」
「そう、何て言うの?」
「・・・と申します。」
桃源郷で・・・と言うよりこの人の前で全てを語るのは何だか怖かったので、名前だけ告げた。
まさか・・・もうあたしの命の火は風前の灯なんじゃなかろうか。
しかしあたしの予想と反して返ってきた答えは意外なものだった。
「、アナタをお付の一人に加えるわ。これからあたしが呼んだらすぐにここへ来るように・・・分かったわね?」
玉面公主は席を立って振り返ると、あたしの頬に手を当てにっこりと微笑んだ。
何!?一体何があたしの身に起きてるの?
「アナタは今までの誰よりも上手に髪を梳いてくれたワ。アタシの愛しいアノ人が目覚めるまで、あなたはアタシの髪を梳き続けるのよ・・・いいわね?」
有無を言わせないその迫力に、あたしはただただ頭を下げるだけだった。
「は、はい。ありがとうございます。」
「下がっていいわ。」
「それでは、し、失礼致します。」
手にしていた櫛を机の上に置いて大げさと思えるほど何度も頭を下げて部屋を出た。
ほぉ〜っと大きなため息をついた後、あたしの膝が急にガタガタ震え始めた。
(怖かった!真剣に殺されるかと思ったぁー!!)
膝から腰、そして体全体の力が一気に抜けていく。
(ここで倒れちゃ・・・ダメ・・・)
何とか立ち上がろうとするが体は全く言う事を聞いてくれない。
緊張の糸が切れたあたしは、結局その場を動く事が出来ずそのまま意識を失ってしまった。

END
